ホテル・旅館・民泊などの宿泊事業へ新規参入する方法として、既存施設のM&Aを検討する事業者が増えています。
既に営業している施設を取得できれば、ゼロから土地や建物を探して開業する場合と比べ、事業開始までの時間を短縮できる可能性があります。
一方、宿泊M&Aで必ず確認しておかなければならないのが「許認可」です。
特に買い手からよく聞かれるのが、
「旅館業許可はそのまま引き継げるのか?」
「民泊の届出番号も一緒に買えるのか?」
「オーナーが変わっても、そのまま営業を続けられるのか?」
といった疑問です。
結論からいうと、許認可の取り扱いは、旅館業か住宅宿泊事業(民泊)か、さらに株式譲渡か事業譲渡かによって大きく異なります。
ここを十分に確認しないままM&Aを進めてしまうと、「物件の引渡しは終わったのに営業を開始できない」という事態にもなりかねません。
この記事では、宿泊M&Aを検討する買い手・売り手が知っておきたい、旅館業許可と住宅宿泊事業の届出の取り扱いについて、M&Aの実務に沿って解説します。
この記事でわかること
◎旅館業許可・住宅宿泊事業の届出はM&Aで引き継げるのか
◎株式譲渡と事業譲渡で許認可の扱いがどう変わるのか
◎旅館業の「営業者の地位の承継」とは何か
◎民泊を事業譲渡する場合に必要となる手続き
◎民泊の「年間180日ルール」はM&A後どうなるのか
◎契約・クロージング前に確認しておきたい許認可DDのポイント
監修:INVESTEL M&Aアドバイザリーチーム
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別案件では、施設所在地を管轄する行政庁・保健所等への確認、および行政書士・弁護士・税理士等の専門家への相談をおすすめします。
■旅館業許可・住宅宿泊事業の届出はM&Aで引き継げる?
まず理解しておきたいのが、ホテル・旅館・民泊をM&Aで取得したからといって、すべての許認可が自動的に買い手へ移るわけではないということです。
宿泊施設の営業形態として代表的なものには、大きく以下があります。
旅館業法に基づく営業
- 旅館・ホテル営業
- 簡易宿所営業
住宅宿泊事業法に基づく営業
- いわゆる「民泊新法」による住宅宿泊事業
そしてM&Aでは、
①株式譲渡なのか
②事業譲渡なのか
によっても取り扱いが変わります。
大まかに整理すると、次のようになります。

特に重要なのが、「建物を取得すること」と「宿泊営業を行う地位を取得すること」は別問題だということです。
「営業中の旅館を買ったから、翌日からそのまま営業できる」とは限りません。
■旅館業許可は事業譲渡でも承継できる
旅館業については、2023年12月13日に施行された改正旅館業法によって、事業譲渡時の手続きが大きく変わりました。
現在は、旅館業を事業譲渡する場合、譲渡人と譲受人があらかじめ都道府県知事等の承認を受けることで、譲受人が新たな旅館業許可を取り直すことなく「営業者の地位」を承継できる制度が設けられています。
以前は、事業譲渡の場合、原則として譲渡人が廃業し、譲受人が新たに許可を取得する必要がありました。
そのため、新規許可が下りるまでの期間を考慮してM&Aのスケジュールを組む必要がありましたが、現在は一定の要件・手続きを満たせば、よりスムーズに事業を引き継げるようになっています。
ただし、ここで注意したいのが、
「旅館業許可付きの物件を買えば、自動的に許可が付いてくる」わけではない
という点です。
事業譲渡によって営業者の地位を承継するためには、事業譲渡を行う前に行政庁の承認を受ける必要があります。
そのため、M&A契約と許認可手続きを別々に考えるのではなく、クロージング日から逆算して進めることが重要になります。
また、厚生労働省も事業譲渡を予定している場合には、管轄保健所等へあらかじめ相談するよう案内しています。
■株式譲渡の場合、旅館業許可はどうなる?
株式譲渡では、会社の株主が売り手から買い手へ変わります。
一方、旅館業許可を取得している「法人」そのものは変わりません。
例えば、
株式会社A
↓
旅館業許可を取得
↓
株式会社Aの株式100%を買い手が取得
というM&Aであれば、経営者・株主は変わっても、旅館業を営んでいる主体は引き続き「株式会社A」です。
そのため、原則として旅館業許可そのものを新規取得する必要はありません。
これは宿泊M&Aにおいて株式譲渡が持つ大きなメリットの一つです。
一方で、株式譲渡では会社そのものを取得するため、許認可だけでなく、既存の契約関係や債権・債務なども基本的にその法人に残ります。
そのため、
- 未払債務
- 税務リスク
- 従業員との労務問題
- 過去の法令違反
- オーナーとの賃貸借契約
- OTAや取引先との契約
- 修繕・設備上の潜在的な負担
などについて、事前のデューデリジェンスが重要になります。
「許可を引き継ぎやすいから株式譲渡にする」という一点だけでスキームを決めるのは避けた方がよいでしょう。
■事業譲渡の場合は「承認のタイミング」が重要
旅館業の事業譲渡では、行政庁による承認を受けることで営業者の地位を承継できます。
ここで実務上重要なのが、M&Aのクロージングと行政手続きを同じスケジュールの中で管理することです。
例えば、
M&A契約締結
↓
保健所等との事前協議
↓
旅館業の事業譲渡に関する承認申請
↓
承認
↓
事業譲渡・クロージング
↓
買い手による営業開始
という流れを想定します。
行政手続きの進め方や必要書類は自治体・案件によって確認が必要になるため、「クロージングの1週間前に確認すればいい」と考えるのは危険です。
また、旅館業以外にも、宿泊施設では飲食店営業、温泉利用、消防関係など、施設によって複数の許認可・届出が関係している場合があります。
旅館業許可を承継できる=施設に関係するすべての許認可を承継できる、という意味ではありません。
ここは宿泊施設特有のデューデリジェンスとして、個別に確認する必要があります。
■住宅宿泊事業(民泊)の届出は事業譲渡で引き継げない
旅館業と特に混同しやすいのが、住宅宿泊事業法に基づく民泊です。
住宅宿泊事業では、旅館業のような事業譲渡による営業者の地位の承継制度はありません。
そのため、住宅宿泊事業者そのものが変わる場合は、原則として旧事業者が廃業の届出を行い、新しい事業者が新規の届出を行う必要があります。
つまり、
「届出済みの民泊物件を事業譲渡で買ったから、その届出番号をそのまま使える」
という考え方はできません。
例えば、個人Aが住宅宿泊事業者として届出をしている物件を、株式会社Bが事業譲渡で取得して運営する場合、株式会社Bは自ら住宅宿泊事業の届出を行う必要があります。
この違いは、旅館業と民泊のM&Aを比較する際に非常に重要です。
■株式譲渡なら民泊の届出はどうなる?
一方、法人が住宅宿泊事業者となっている場合に、その法人の株式を取得するケースは考え方が異なります。
株主が変わっても、届出をしている法人自体は同じです。
そのため、届出主体となっている法人が変わらない株式譲渡であれば、事業譲渡のように「旧事業者の廃業+買い手による新規届出」となるわけではありません。
ただし、代表者など届出事項に変更が生じた場合には、必要な変更手続きを確認する必要があります。
株式譲渡だから何の確認も必要ない、という意味ではありません。
■民泊M&Aでは「年間180日」がリセットされない
住宅宿泊事業のM&Aで、もう一つ非常に重要なのが年間180日の営業日数制限です。
住宅宿泊事業法では、住宅宿泊事業として人を宿泊させられる日数は、原則として年間180日までとされています。
この「1年間」は、
毎年4月1日正午から翌年4月1日正午まで
として計算されます。
そして重要なのが、180日の上限は事業者単位ではなく「届出住宅」ごとに適用されるという点です。
そのため、年度途中で住宅宿泊事業者が変わっても、それまでの宿泊日数はリセットされません。
例えば、売り手が4月から9月までの間に既に180日分を使用していた民泊を、買い手が11月に事業譲渡で取得したとします。
買い手が新たに住宅宿泊事業の届出を行ったとしても、
「新しい事業者だから、そこからさらに180日営業できる」わけではありません。
その届出住宅について既に年間上限の180日に達していれば、原則として次の算定期間が始まるまで、住宅宿泊事業として宿泊させることはできません。
これは民泊M&Aの収益計画を考えるうえで非常に重要なポイントです。
■民泊を買うなら「残り営業可能日数」をDDで確認する
したがって、住宅宿泊事業のM&Aでは、単に、
「届出済みです」
「現在も民泊として営業しています」
という情報だけで判断するのは不十分です。
特に年度途中で取得する場合は、当該年度に既に何日営業しているのかを確認する必要があります。
例えば年間180日を前提として事業計画を作っていたにもかかわらず、クロージング時点で売り手が既に150日使用していれば、当該年度に買い手が営業できる日数は大きく限定されます。
その結果、
- 初年度売上が事業計画を下回る
- 借入返済計画に影響する
- 投資利回りが想定を下回る
- 開業後すぐに営業停止期間が発生する
といった問題につながる可能性があります。
民泊M&Aでは「180日」という数字を見るだけではなく、「クロージング日時点で何日残っているのか」を確認することが重要です。
■宿泊M&Aの許認可DDで確認したいポイント
宿泊施設を取得する場合、契約前のデューデリジェンスでは、少なくとも次のような項目を確認しておきたいところです。
① 現在の営業形態
旅館・ホテル営業、簡易宿所、住宅宿泊事業など、どの制度に基づいて営業している施設なのかを確認します。
② 許可・届出の名義人
不動産所有者と宿泊事業者が同じとは限りません。
所有者、賃借人、運営会社など、誰が許可・届出を取得しているのかを確認します。
③ 許可証・届出内容と現況の整合性
取得時の図面や客室数、施設用途などと現在の施設に相違がないか確認します。
増改築や客室変更が行われている場合は特に注意が必要です。
④ M&Aスキーム変更による影響
株式譲渡なのか、事業譲渡なのか、不動産売買のみなのかによって必要な手続きが変わります。
⑤ 旅館業以外の許認可
飲食店営業、消防、温泉、酒類販売など、施設のサービス内容によって別の許認可・届出が必要になる場合があります。
⑥ 民泊の場合は営業日数
当該年度の既存営業日数と、クロージング後に残っている営業可能日数を確認します。
⑦ 自治体独自の条例・運用
住宅宿泊事業については、自治体の条例によって営業可能な曜日・期間・区域などが制限されているケースがあります。
全国一律の180日だけで判断せず、対象施設所在地の条例まで確認することが重要です。
■「許認可がある」だけでは投資判断として不十分
宿泊M&Aでは、「旅館業許可あり」「民泊届出済み」と記載されている案件も少なくありません。
しかし、投資家・買い手の立場から見ると、本当に重要なのは許認可の有無だけではありません。
「自分がこの案件を取得した後も、その許認可・届出を前提として計画どおり営業できるのか」
まで確認して、初めて投資判断ができます。
例えば、年間売上3,000万円の民泊施設でも、取得後に新規届出が必要で、さらに初年度の残り営業可能日数がほとんどなければ、初年度のキャッシュフローは大きく変わります。
逆に、旅館業許可を取得している施設で、事業譲渡による営業者の地位の承継が可能であれば、開業までの期間や追加投資を抑えられる可能性があります。
つまり許認可DDは、単なる「法務チェック」ではありません。
取得価格、想定売上、投資利回り、クロージング時期、資金調達まで左右する、宿泊投資における重要な投資判断項目の一つです。
■まとめ|宿泊M&Aでは許認可を契約前に確認する
ホテル・旅館・民泊のM&Aでは、許認可の取り扱いを早い段階で確認することが重要です。
特に押さえておきたいのは、次の4点です。
1. 株式譲渡では法人格が変わらないため、旅館業許可や住宅宿泊事業の届出は原則として継続しやすい
2. 旅館業の事業譲渡では、事前に行政庁の承認を受けることで営業者の地位を承継できる
3. 住宅宿泊事業の事業者が変わる場合は、旧事業者の廃業と新事業者による新規届出が必要
4. 民泊の年間180日の上限は事業者が変わってもリセットされず、届出住宅単位で引き継がれる
そして何より重要なのは、許認可の確認をクロージング直前まで後回しにしないことです。
宿泊施設では、不動産、M&A、旅館業法、住宅宿泊事業法、消防、建築、飲食など複数の論点が絡み合います。
対象施設がどの許認可で営業しているのかをデューデリジェンスの段階で確認し、必要に応じて管轄行政庁や行政書士・弁護士等の専門家と事前協議を行ったうえで、M&Aスキームとクロージングスケジュールを設計することが重要です。
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本記事は、宿泊施設のM&Aおよび許認可に関する一般的な情報提供を目的としており、特定の案件に対する法律・税務・行政手続その他の専門的助言を行うものではありません。
法令、条例および行政上の取り扱いは改正・変更される場合があります。また、必要となる手続きや判断は施設所在地、営業形態、取引スキーム等によって異なります。
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