「AIでホテルの仕事はどこまで変わるのか」
「うちのような小さな旅館でもAIは使えるのか」
「AIを導入すれば、人手不足は解消できるのか」
宿泊業界でも、AI・DXという言葉を目にする機会が急速に増えています。
しかし重要なのは、「AIを導入すること」そのものではありません。
予約問い合わせへの返信、料金設定、口コミ分析、多言語対応、社内ナレッジの検索、清掃・配膳など、これまで人が行っていた業務の一部をテクノロジーに任せることで、限られた人員で、どこまで生産性と収益性を高められるか。
ここにAI・DX活用の本質があります。
実際、星野リゾートでは生成AIを宿泊予約センターへ導入し、5,000件を超えるテンプレートの活用やメール作成を効率化。2025年には、新しい自社予約システム「FleBOL(フレボル)」の導入も開始しました。
さらに2026年度には、観光庁も宿泊事業者等を対象に、生成AI等のデジタルツールを活用したレベニューマネジメントや収益・生産性向上への支援を進めています。
AIは、もはや一部の大手ホテルだけの実験ではなくなりつつあります。
本記事では、ホテル・旅館でAI・DXがどこまで実用化されているのか、そして宿泊施設の経営やM&A・投資にどのような影響を与えるのかをINVESTELの視点から解説します。
この記事でわかること
◎ホテル・旅館でAI・DX活用が進む背景
◎星野リゾートの生成AI活用と「FleBOL」の狙い
◎予約・問い合わせ業務をAIで効率化する方法
◎清掃・配膳など現場業務の省人化
◎2026年度の観光庁によるAI・DX支援
◎中小ホテル・旅館でも始めやすいAI活用
◎宿泊M&A・投資で見るべき「AI・DX」の評価ポイント
監修:INVESTEL M&Aアドバイザリーチーム
1. なぜ今、ホテル・旅館でAI活用が進んでいるのか
ホテル・旅館にAI・DXが求められている背景には、大きく3つの変化があります。
一つ目は、人手不足と人件費上昇への対応です。
宿泊施設では、予約、フロント、清掃、料飲、問い合わせ対応など、多くの業務に人手が必要です。
一方で、すべての業務を人が行う必要があるわけではありません。
例えば、
問い合わせへの定型回答
メール作成
翻訳
口コミの集計・分析
マニュアル検索
売上データの分析
料金設定の補助
などは、AI・デジタルツールと相性の良い業務です。
二つ目が、データを活用したホテル経営への変化です。
ADR、OCC、RevPAR、予約リードタイム、曜日、イベント、競合料金などの情報を分析しながら料金や販売在庫を調整するレベニューマネジメントは、ホテルの収益性を大きく左右します。
そして三つ目が、旅行者側の情報収集方法の変化です。
検索エンジンやOTAで宿を探すだけではなく、生成AIなどを利用して、
「東京で子ども連れに向いているホテルは?」
「京都で町家に泊まれて、駅からアクセスしやすい宿は?」
といった形で旅行先や宿泊施設を探す行動も広がりつつあります。
ホテル側には、従来のSEOやOTA対策だけではなく、正確で構造化された施設情報・料金・プラン・体験情報をデジタル上で提供できる基盤の重要性が高まっています。
2. 星野リゾート「FleBOL」に見る、これからの予約体験
星野リゾートは2025年10月、独自開発した宿泊予約システム「FleBOL(フレボル)」の導入を開始しました。
FleBOLは「Flexible Booking On Line」の略で、客室だけではなく、食事、アクティビティ、移動などを顧客が自由に組み合わせ、変更できる予約体験を目指したシステムです。
第1弾では、「界」全施設とLUCY尾瀬鳩待を対象として、公式サイトから予約した顧客が、チェックイン当日の午前9時まで、
人数
部屋タイプ
宿泊プラン
日程
をWeb上で変更できる仕組みが導入されました。
星野リゾートによると、予約済み顧客からの問い合わせの約4割が、これら予約内容の変更に関するものだったとしています。
ここで注意したいのは、FleBOLそのものを「AI予約システム」と表現しないことです。
FleBOLの本質は、自社予約体験とデータ基盤の高度化にあります。
一方、星野佳路氏はAIを介した旅行検索・予約の広がりについても言及しており、Business Insider Japanは、同システムへの投資額を約18億円と報じています。
つまり重要なのは、
「AIをホテルに導入する」
という話だけではなく、
「AIが旅行者とホテルの間に入る時代に、ホテル側がどのようなデータ・予約基盤を持つか」
という、より大きな変化です。
3. 生成AIは「予約センター」の仕事をどう変えるのか
より直接的に生成AIを活用している事例が、星野リゾートの宿泊予約センターです。
カラクリ株式会社が2024年8月に公表した事例によると、星野リゾートは生成AI搭載のオペレーター支援ツール「KARAKURI assist」を導入しました。
従来、予約センターには5,000件を超える返信テンプレートが蓄積されており、経験の浅いスタッフが適切な回答を探すこと自体に時間がかかっていました。
そこで、
テンプレート検索
メール返信文の生成
新人スタッフの文章校閲
などに生成AIを活用。
2024年4月入社の社員が早期に業務へ入り、ベテランを上回る件数の問い合わせメールへ対応したことも公表されています。
また、OMO・界・BEBでは、生成AIによる問い合わせメールへの返信文生成について実用化に向けた取り組みも進められました。
この事例で重要なのは、
AIがスタッフを完全に置き換えたわけではない
ことです。
むしろ、
AI=検索・下書き・定型処理
人=判断・確認・ホスピタリティ
という役割分担です。
ホテル・旅館のAI活用を考えるうえで、この考え方は非常に重要です。
4. 中小ホテル・旅館こそ「生成AI」を活用できる
AIというと、
「何千万円もかけて独自システムを開発する」
というイメージを持つかもしれません。
しかし、中小規模のホテル・旅館が最初から独自AIを開発する必要はありません。
むしろ既存の生成AIやSaaSを活用し、現在スタッフが時間を使っている業務を一つずつ減らす方が現実的です。
例えば、
|
業務 |
AI・DXによる活用例 |
|
予約問い合わせ |
FAQ回答、返信文作成 |
|
多言語対応 |
メール・館内案内・チャット翻訳 |
|
口コミ |
口コミ集計、要約、課題抽出 |
|
マーケティング |
SNS・メルマガ・記事作成支援 |
|
レベニューマネジメント |
需要・料金分析の支援 |
|
社内教育 |
マニュアル検索、FAQ |
|
経営管理 |
売上・費用データの分析 |
|
清掃管理 |
清掃指示、進捗管理、品質チェック |
|
顧客管理 |
宿泊履歴・嗜好データの活用 |
特に中小ホテルでは、
「AIで何ができるか」から考えるのではなく、「スタッフが毎日何時間使っている仕事を減らしたいか」から考える
ことが重要です。
5. AIだけではない。「現場DX」で省人化する
宿泊業の省人化は生成AIだけではありません。
フロントのセルフチェックイン、スマートロック、モバイルオーダー、配膳ロボット、清掃管理システムなど、物理的なオペレーションにもデジタル化が広がっています。
代表的な事例の一つが「変なホテル」です。
同ブランドでは、ロボットをホテル体験やサービスに組み込み、施設によってロボホンや衣類ケア機器など異なるテクノロジーを導入しています。
ただし、ここでも重要なのは、
「人をゼロにすること」が目的ではない
という点です。
ホテル・旅館には、
クレーム対応
緊急対応
高付加価値な接客
地域案内
VIP対応
料理・体験
など、人が介在することで価値が生まれる業務があります。
したがって、
人がやるべき仕事と、テクノロジーに任せる仕事を分ける。
これが宿泊DXの基本的な考え方になります。
6. 2026年、観光庁も「生成AI等」の導入を支援
2026年の大きな変化の一つが、国の観光DX政策です。
観光庁は2026年度、観光DXについて、
旅行者の利便性向上
観光産業の生産性向上
観光地経営の高度化
などを推進しています。
特に注目したいのが、2026年度の「全国の観光地・観光産業における観光DX推進事業」です。
観光庁は、
レベニューマネジメント等の収益・生産性向上に資するデジタルツール(生成AI等)の導入
や、DX推進に向けた専門人材による伴走支援を実施しています。2026年度の公募はすでに終了し、7月1日に採択結果が公表されています。
これは非常に重要な変化です。
AIが単なる話題性のある技術ではなく、
宿泊産業の生産性・収益性を改善するための経営ツール
として政策上も位置づけられ始めているからです。
7. 地域単位でもAI・DXが進む
AI・DXの対象はホテル一施設だけではありません。
観光庁は2026年5月、「地域全体の消費拡大、誘客・再来訪促進に向けた観光DX推進モデル実証事業」として、計12件を採択しました。
内訳は、
エントリーモデル8件
アドバンスドモデル4件
です。
実証では、宿泊だけではなく、移動、観光、購買等のデータを組み合わせ、地域全体で旅行者の利便性や消費を高める取り組みが進められています。観光庁の観光DXサイトでも、2026年度に12の実証事業を行っていることが確認できます。
今後は、
ホテル単体のDX
から、
地域全体の観光DX
へと対象が広がっていく可能性があります。
これは分散型ホテルやDMO、地域一体型の宿泊開発とも相性の良い考え方です。
8. AIはホテルの「収益構造」をどう変えるのか
宿泊投資の観点では、ここが非常に重要です。
AI・DXによる効果は、大きく、
売上を上げるDXとコストを下げるDX
に分けて考えるとわかりやすくなります。
売上を上げる
例えば、
レベニューマネジメント高度化
アップセル
直接予約比率向上
リピーター施策
口コミ分析
マーケティング最適化
などです。
ADRやOCCが改善すれば、RevPARの上昇につながります。
コストを下げる
一方、
問い合わせ対応
予約変更
翻訳
レポート作成
清掃管理
スタッフ教育
定型的な事務作業
などを効率化できれば、人件費そのものだけではなく、一人あたりの生産性を改善できます。
つまりAI・DXは、
売上向上+運営効率化 → GOP改善
につながる可能性があります。
ホテル投資では「AIを使っているか」ではなく、
「AI・DXによって、どのKPIがどれだけ改善するのか」
まで落として考えることが重要です。
9. 宿泊M&Aでは「AI導入済み=高評価」ではない
では、ホテル・旅館を購入するとき、AIを導入している施設ほど価値が高いのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
AIツールを導入していても、
スタッフが使っていない
PMSと連携していない
データが整理されていない
業務フローが変わっていない
費用だけ発生している
のであれば、企業価値への寄与は限定的です。
逆に、デジタル化が遅れている施設でも、
立地・商品力は強い
ADR改善余地がある
人件費率が高い
OTA依存度が高い
予約業務が属人化している
のであれば、買い手にとっては取得後の改善余地が大きい案件と見ることもできます。
したがって、宿泊M&Aでは、
AI導入の「有無」ではなく、導入によって利益を改善できる余地を見る
ことが重要です。
10. INVESTEL視点|ホテルDDに「デジタルDD」が必要になる
今後のホテルM&Aでは、財務DD、法務DD、建物DDだけでなく、デジタル基盤の確認も重要になると考えられます。
例えば買い手側では、

特にM&Aでは最後の項目が重要です。
売主が使っているシステムやアカウントが、そのまま買い手へ承継できるとは限りません。
したがってDDでは、システムの有無だけではなく、
契約主体・利用権・データ所有・個人情報・アカウント承継・外部システムとの連携
まで確認する必要があります。
11. AI時代に価値が高まるホテルとは
AIが普及すると、ホテルの価値は「人が少ないホテル」になるのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
むしろ重要なのは、
テクノロジーで効率化できる業務を減らし、人にしか生み出せない価値へ人材を集中できるホテル
だと考えられます。
例えば旅館であれば、
予約確認メールを人が一通ずつ作成する必要性は低下するかもしれません。
一方、
料理
地域文化の説明
顧客とのコミュニケーション
旅の提案
特別な体験
トラブルへの対応
などは、人だからこそ価値が生まれる領域です。
つまり、
AI vs 人
ではなく、
AI × 人
でホテルの生産性と顧客体験を高めることが重要になります。
まとめ|AIでホテル経営は「人を減らす」から「人の価値を高める」へ
2026年の宿泊業界では、AI・DXは実証段階だけではなく、実際のホテル運営へ徐々に組み込まれています。
星野リゾートでは、生成AIによる予約センター業務の効率化が進み、FleBOLによる新しい予約体験も始まっています。
国も2026年度に、生成AI等を含むデジタルツールを活用したレベニューマネジメントや生産性向上を支援しています。
しかし、ホテル・旅館経営者にとって重要なのは、
「AIを導入すること」ではありません。
重要なのは、
何をAIに任せ、何を人が担うのか。
そして、
AI・DXによってADR・OCC・RevPAR・GOP・人時生産性をどこまで改善できるのか。
ここまで考えて初めて、AIはホテル経営の武器になります。
宿泊M&Aでも同じです。
これからは単純に、
「このホテルはAIを使っているか」
を見るのではなく、
「このホテルには、テクノロジーによって改善できる余地がどれだけ残されているか」
を見ることが重要になっていくでしょう。
ホテルM&Aで買うのは、現在の売上や利益だけではありません。
取得後に、どこまで収益構造を変えられるのか。
AI・DXは、その「伸びしろ」を考えるための重要な投資判断材料の一つになりつつあります。
■INVESTEL|宿泊施設のM&A・投資を専門的にサポート
INVESTELでは、ホテル・旅館・民泊などの宿泊施設に特化し、M&A・不動産売買・事業承継を支援しています。
宿泊施設を取得する際には、現在のPLだけではなく、運営体制、ADR・OCC、OTA依存度、人件費、システム、CAPEX、許認可、取得後の改善余地まで含めて検討することが重要です。
「取得後にどこまで収益改善できるのか」
「運営をDXすればGOPはどこまで改善できるのか」
「現在の運営会社からシステムやデータを引き継げるのか」
といった観点も含め、宿泊施設への投資・M&Aをご検討の方はINVESTELまでご相談ください。
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